①自然は神の創造物であり、自然界の営みの中に神の御心が表されているということを示す。
②キリスト教的な生き方として、たとえ現実的には心配なことがあっても、信仰の心においては(神を信頼し、委ねることによって)心配しないということを示す。
・神は自然界を創造し、維持し、守り導いている。その知恵は完全であり、完璧である。その同じ神が人間界も創造し、維持し、守り導いている。
・神は「いのち」という大切なものを与えてくださった。「いのち」の権限が神に属しているように、「飲食物」や「衣服」の権限も実は、神に属している。従って信仰とは、創造し、維持し、守り導いている神をすべてにおいて信頼することである。
・神は人間よりも劣るものを摂理の御手をもって世話をなさる。そうであるなら、人間にはもっと深い配慮をなさるはずである。
・神の創造の目的は「神の国」と「神の義」に向けられている。従って、「神の国」と「神の義」を求めて生きる人は神の意志に一致しており、すべてのことにおいて神を信頼してよい。
・「心配しない」ということが神への信仰の表れであり、「神の意志に従う」ということ、「委ねる」という態度の結果である。
・ここで言われているのは、神への信頼を否定するような思い煩いについてであって、当然しなければならない家族の将来のための配慮、準備を否定するものではない。
・「野の花」は、パレスチナ平原の至る所で咲き誇る、野生のアネモネを指すと言われている。この花は一日しか咲かず、枯れると焚き付けにされていた。