・イエスは「神の言葉」により、人にその本来の価値を取り戻させる「いやし」に取り組んだことを知る。
・律法学者は「神の言葉」を研究・解釈し、それを人々に伝えたが、イエスは「神の言葉」そのものを告げた。それは人をしばるものから解放する力のあるものである。私たちも神の言葉を告げるものとされている。
・「いやし」は「治癒」(イオーマイ)のケースはわずかであり、看病や手当て(セラペオー「セラピー」の原意)の意味。つまり「慰め」と言える。病気がなくなったというよりも、慰めがあったとして伝えてよい。
・28節の「隅々にまで」は、日課の後の45節「四方から」と結ばれている。キリストが中心となり、人々の行動の広がりと集中が生まれる。
・古代の人々は人の力を超えた大きな力を感じた時に「霊」と呼んだ。それが神から来るものであれば「聖霊」、悪い力であれば「汚れた霊=悪霊」と呼んだ。