・「新たに」とは「神さまによって」新しい霊的命に生まれるということを知る。
・ニコデモは、「夜」に主イエスを訪ねてきました。「夜」やって来たということには、色々な意味があると思います。一つには、ニコデモが本気であったということです。夜静かな時に、イエスさまと一対一でじっくり話を聞きたいという熱意です。しかし別な見方をすれば、彼は誰にも知られず、誰にも見られたくなかったという思いもあったことでしょう。なぜならニコデモは有数の学者で国会議員、エリート中のエリート。彼には地位も名誉もあったのです。当局から危険視されているイエスなどと密会していたという噂が広まったら、評判が落ちるどころか、彼の地位や名誉さえも奪われかねない危険があったのです。ニコデモは聖書に三回登場しますが、最初の彼と最後(19:39)の彼の間には、大きな変化が現れています。ここにニコデモが「新たに」生まれ変わった姿があります。
・大人になるというのは自由になったり、色んなことが出来るようになることだと考えますが、同時に色々なもの(知識、能力、立場等)に縛られていくことでもあります。ニコデモはこの世的には多くのものを得ましたが、それらは心を満たしてはくれませんでした。
・ヨハネ福音書を読んでいるとあることに気がつきます。それはイエス様と対話をしている相手とがいつも話しが噛み合っていないということです。その原因はヨハネが主イエスの言葉にいくつかの意味(多義性)を持たせているからです。今日の箇所でも「新しく」と訳されている言葉は「上から(神から)」という意味を持っています。8節の「風」という言葉も「息」や「霊」という意味を併せ持っています。更に14節の「上げられる」は十字架へと上げられると同時に、天の父の許へと上げられること、神の「栄光」も表しています。このように古い人間の思いを越えたところで、新しい神の世界が始まっていることを聖書は教えているのです。