今日の箇所は、終末論的要素のある譬え話です。しかし、幼い子どもたちには難しいように思われます。そこで、次のポイントが有効になるのではないでしょうか。「物語の主眼点は、重大な瞬間がようやくやって来た時に愚かなおとめたちは準備ができていないということにある」(『現代聖書注解』マタイによる福音書 488-489 頁)。つまり、「重大な瞬間」を見過ごすことなく、どのような「準備」をもってそのときを迎えるか、です。これらは何も終末論的な事柄だけに限定されないでしょう。イエスさまの招きに応える姿勢を伝えることも大切ではないでしょうか。
上記のように、この箇所のポイントを「重大な瞬間」と「準備」におく場合、それが単なる人生訓になってしまうことを避けなければなりません。子どもたちに分かり易い(馴染み易い)切り口(下記の説教では流星群を取り上げましたが、当然、それに拘泥される必要はありません)を用いつつ、しかもそれが「神さまのとき」へと関心が向けられていくように配慮していく必要があるように思われます。
この譬え話で「おとめ」と訳されている言葉は、ギリシャ語の παρφενοιςであり、「処女」を意味します。ここでマタイがあえて「若い女性」というギリシャ語を用いず、上記のものを用いたのには意味があるようです。つまり、第二コリント 11 章2節でパウロが語ったように、キリスト者のイエスさまに対する純潔性です(『現代聖書注解』マタイによる福音書 487 頁)。
みんなは流れ星って見たことある?夜空に星がぴゅーっと線を描いて消えていく。
先生は一度、しし座流星群っていうのを見たことがあるんだ。毎 年、だいたい 11 月くらいにあるらしいんだけれど、普段はあまり流れ星って見られないじゃない? でも、このときには、本当にいくつもいくつも流れ星が見られるんだ…。でもね、ある決まった時間しか見られないの。先生が見たときは、たしか朝の3時くらいだったかな。ある人から「今日は天気もいいし、しし座流星群が見られるよ」って聞いて、先生もなんだかちょっと見たくなって、頑張って早起きしてみようと思ったんだ。でも、11 月ってもうけっこう寒いじゃない? 朝の3時なんていつもはぐーぐー寝ている時間だし、目覚ましが鳴っても眠くって眠くってしかたがないし、寒くってお布団からも出たくないし、「あ~、もういいや。諦めて、またこのまま寝ちゃおう…」って思ったんだけど、「やっぱり、せっかくの機会だから…(今度いつ見られるか分からないし)」って思い直して、頑張って起きてみたんだ。幸い、家の窓から見えたんだけれど、最初は眠さからこっくりこっくりさせながらぼーと窓の外を見ていたら、見えた…。すーと線を描いた流れ星が一個、一個、また一個と次々と見えたんだ。本当に奇麗だった…。すっかり目も覚めて、寒さも忘れて夢中になって見ていた…。
みんなも「タイミング」という言葉を知っているよね。「タイミング」…、「グッドタイミング」というのは、だいたい絶好の機会(ちょうどよい時)という意味なんだけれど、僕たち(私たち)が生きていく(生活していく)上で、そういったときが度々あるんだよね。逆に、その時を逃してしまうと、せっかくのチャンスを逃してしまうことにだってなるんだ。さっきの流れ星の話しだって、あのとき、あの時間に頑張って起きなかったら先生は見逃してしまっていた。大げさだけど、あのチャンスを逃していたら一生の間、あの流れ星の素敵な景色を見ることができなかったかも知れないよね。今日の聖書のお話しも、そんなことが言えるんじゃないかな。花婿が来る時間が思ったよりも遅くなってしまったことは残念だったけれども、ちゃんと花婿が来るときに、迎える用意の出来ていた女の人たちは、ご主人に喜ばれたよね。それと同じことが僕たち(私たち)にも言えるんだと思うんだ。花婿とはイエスさまのことなんだ。イエスさまが今、僕たち(私たち)に会いに来てくださっている…。その今を大切にしてほしいと思うんだ。もちろん、みんなが大人になっても、おじいちゃんおばあちゃんになってもイエスさまはきっとみんなに会いに来てくださると思う。でも、せっかく今、こうしてイエスさまの話しを聞いたり、
賛美をしたり、礼拝しているときに、……これらはイエスさまとお会いするってことだと思うんだけれど……、イエスさまのこと信じてほしいって思うんだ。だって、イエスさまみんなのこと、大好きなんだから…。
そして、もう一つは諦めないで欲しいんだ。みんなもお祈りするよね。いろんなことを神さまにお願いする。でも、ちっとも神さまお祈りに応えてくださらないと思えるようなときだってあるんじゃないかな。でもね、神さまはちゃんとみんなのお祈りを聞いてくださっているよ。ただ、神さまのタイミングは僕たち(私たち)の思いとは違っていることも多いんだ。今日の花婿が遅れて来たようにね。でも、花婿・イエスさまは必ず来てくださったじゃない。だから、きっと、お祈りにも応えてくださるはず。だから、ちゃんと「目を覚まして」祈っていこう…。イエスさまを信じて…。
* 讃美歌は”こどもさんびか”(日キ版)より
□ 51番 「わたしはしゅのこどもです」
□ 改訂127番 「朝日うけて」
・グッドタイミング!!と思った時のことを、話してみよう。
・ふしぎだけど、うまく行かないと思ったのにうまく行ったことってあるかな?ある人はそのことを、お友達に教えてあげてください。