私たちのことばや行いはどんなに微力でも、神様の計り知れない力によってかならず実を結ぶ。
イエス様は神の国について、種に関する2つのたとえを話されました。キーワードは成長するということです。1つめは神の国は蒔かれた種のように確実に成長すること。大切な点は蒔いた人に力があるのではなく、蒔かれた種にそれ自体に成長する力があるということです。神の国はそれ自体に力があり成長していきます。2つ目はからし種のたとえです。蒔かれる前の小ささと、成長した時は鳥が巣を作るほどに成長する。イエス様の活動は小さなものに見えますが、それは神の国の働きです。神様の力は計り知れません。私たちが行う神様の業も小さいようでも必ず豊かな実を結びます。そこには神様の力がやどっているのですから。
イエスの語られた「からし種シナピ」は、育って木になるというところからキタチタバコの木ではないかとされています。しかし南アメリカ原産で聖書の時代にはイスラエルになかった植物であることがわかっています。「キダチタバコ」は別名「からし種」としても知られるタバコ属の一種で、黄色い筒状の花をつけ、その種は極めて小さく成長すると2~3mの木になるところから、聖書の「からし種」とされたのです。
神様の国ってどんなところでしょうね。お花がいっぱい咲いているのかな?先に天に帰ったおじいさん、おばさん、家族や動物たちがニコニコしている所でしょうか。イエス様が教えてくださった神様の国はどうも違うようですよ。神様の国は大きく成長していくものだと教えて下さいました。
そのなかにからし種のお話をしてくださいました。どんな種なんでしょうか。皆さんは見たことがありますか?とっても小さな種です。目に見えないくらいの小さな種です。けれど成長すると大きな木になって鳥たちが休めるようになるそうです。小さい種の中に神様の命と力があってグングン伸びていくのですね。その様子こそが神の国ですって教えて下さいました。
夏のある日庭の草取りをしていました。するとゴミ捨て場に面白い草が生えてきているのに気がつきました。葉っぱが朝顔のようでした。そのままにしてたら地面をはってぐんぐん伸びていきついには黄色い花が咲きました。朝顔ではなかったのです。そのままにしておいたら、なんと緑色のゴルフボールの様なものがついていました。スイカ赤ちゃんでした。いつの間にかスイカの芽が出来ていました。どうしてこんなところにスイカがあるのでしょう。誰かが植えたわけでもありません。きっと食べて捨てられた種が芽を出し、実を結んだのでしょう。
神様のつくられた種は素晴らしい力を持っています。たとえ捨てられた種であっても、その命を生かしてくださるのです。捨てられた種それ自身も、命と実をつける力が与えられているのです。その命は確かに実を結びます。神様が造られたものには力があります。それは確実に大きくなっていき実を結ぶ力です。
イエス様は神様の国はそのようなものだと教えて下さいました。人には知られないが確実に成長し実を結びます。神様の国はどんどん広がっていくのです。私たちも小さくても神様の力が与えられています。神様のみ言葉の種が撒かれています。その種には神様の力があり確実に実を結びます。そんな実がたくさんある所が神様の国ですよね。
(執筆: 立野泰博牧師)
*讃美歌は”こどもさんびか”(日キ版)より
旧版(1987年版)103番「どんなにちいさい」、改訂版58番「どんなにちいさいことりでも」。
とても小さな種が、やがて成長して花を咲かせるのには神さまの業があることを実感できるような体験をする。小さな種に秘められている、力強い生命力は、神さまによって成長するのだということを知る。数ヵ月後に食べられるトマトなどの野菜も楽しい。
<用意するもの>
種(できるだけ小さなもの)
小さな植木鉢土、培養土 など。
・毎日誰かが水やりなどの世話ができるようにし、折に触れ、成長をみんなで見守る。
神の国って何だろう。神の国が成長するってどんなことだろう。