私たちの満たされない思いを、神さまは受け止めてくださっている。
思い通りにいかないことは、日常生活の中にたくさんあるはずです。具体例を思い浮かべてください。
マタイによる福音書では「心の貧しい人々」となっていますが、ルカによる福音書6:20ではただ「貧しい人々」となっています。「心が貧しい」とは、満たされない思いや寂しさ辛さを抱えている人と理解できます。ただ「貧しい人々」の場合、貧困状態にある人たちのことと理解できます。キリストはどちらの人たちにも「幸いである」と呼びかけるのです。
小太郎くんには兄弟がいなかったので、弟や妹が欲しいな〜と思っていました。そしてとうとう、お母さんのお腹に赤ちゃんが出来て、妹の道子ちゃんがお家にやってきました。小太郎くんは嬉しくて大喜び。ところがお母さんは、赤ちゃんの道子ちゃんにミルクをあげたりオムツを変えたり大忙し。今まで小太郎くんがお洋服を着る時は、お母さんが手伝ってくれたのに、「今度からは自分でやりなさい」と言われてしまいます。歯を磨くのも、頭を洗うのも「自分でやりなさい」と言うのです。小太郎くんは思いました。「妹ができたのは嬉しいけど、なんだかお母さんを取られちゃったみたいで寂しいな。でも、赤ちゃんの道子ちゃんは自分で出来ないから、お手伝いしなくちゃいけないんだよね」。
小太郎くんはお母さんに甘えたい気持ちをグッとこらえて、自分でできることは自分でできるように頑張りました。すると、お父さんがこう言ったんです。「小太郎くん、頑張ってるね」。ちゃ〜んと見てくれている人はいるんですね。神さまも、私たちのことをちゃ〜んと見ていてくれるんですよ。一人で我慢したり、一人で頑張ったりしたことは、全部神さまが知っています。だから、なんだか寂しい気持ちになった時も、「神さまは知っている」ってことを、思い出してくださいね。
(執筆: 田島靖則牧師)
*讃美歌は”こどもさんびか”(日キ版)より
旧版(1987年版)119番「やさしいめが」、改訂版114番「やさしいめが」。
①3節から10節の「○○の人々は幸いである」の部分(A)を読み、そのあとに続く「○○される」(B)の部分を心にとめながら、3~10節の8つの文章を何度も読んで覚えてみましょう。(覚えられなくても、聖書を見て書いて大丈夫!)
②短冊状に切った紙をひとり16枚ずつ配ります。
③8つの文章を(A)と(B)に分けて、それぞれの紙に書いてみましょう。
例:(A)心の貧しい人々 → (B)天の国はその人たちのもの
(A)悲しむ人々 → (B)なぐさめられる
④16枚できたら、バラバラにして裏返し、(A)と(B)を正しくつなげられるか、やってみ
よう!
*今日のみことばは、山上の説教と呼ばれています。ちょっと読むと「幸い」とは思えないことも、イエス様は「幸い」だと教えてくださっています。天の国は悲しむ人々、貧しい人々のためにこそ「幸い」をお与えくださる、神様の愛に満ちている所なのですね。
誰にも評価されないと思うことでも、自分が正しいと思うことをやることは無駄ではないはずです。