・永遠の王であるイエス・キリストはどのような「王」であるかを御言葉から伝えましょう。
・真の王であるキリストは人々に嘲られ、自分で自分を救うことができない王であるにも関わらず、その十字架の死によって、全世界の救いを成就します。
・そして、そのイエス様を真の永遠の王と信じる人は、楽園にイエス様と共にいる喜びが与えられるのです。
・1年の教会暦の最終主日であるこの日曜日はキリストが歴史の終わりに御業の完成、成就のために来られることを祝う「永遠の王キリスト」の主日です。
・使徒書であるコロサイの信徒への手紙1:15-20は初代教会で歌われていた「キリスト賛歌」であり、メシアであるキリストについて語っています。「御子はすべてのものよりも先におられ、すべてのものは御子によって支えられています。…御子は初めの者、死者の中から最初に生まれた方です。」
この日曜日は教会の暦の中の一番最後の日曜日です。来週の日曜日から、教会は新しい1年が始まります。今日はその1年の最後に「永遠の王様」であるイエス様についてお話します。みなさんは王様を見たことがありますか?少し前にイギリスの国の女王様エリザベス2世がお亡くなりになりました。葬儀をニュースでみなさんも見たでしょうか?わたしはテレビで見ました。棺の上に宝石がちりばめられたそれはそれは高価で豪華な王冠が置かれていました。
世界中の王様と呼ばれる人々は裕福で、宮殿に住み、美しい衣服を身にまとい、わたしたちには手が届かないこの世の富を手に入れた人々であるにちがいありません。しかし今日、わたしたちが聖書から聞く王様は全く、違っています。
その王様イエス様は罪を犯した犯罪人とされ、死刑にされるために、今、十字架につけられます。
イエス様の横には二人の犯罪人も同じように十字架につけられます。人々はくじを引いて、イエス様からはぎ取った服を分け合います。偉い人たちは「神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うが良い」とイエス様をあざ笑います。兵士たちも、「自分を救ってみろ」とイエス様を馬鹿にします。
けれど、イエス様は十字架の上で、そのような人々、そしてわたしたちのために祈ります。「父よ、彼らをお赦しください。」イエス様は神様に逆らい、十字架につけてご自分を殺そうとする人々を、そして、私たちを、赦す権威を持っているのです。何故なら、イエス様こそ、真の王、永遠の王様だからです。
その時、犯罪人の一人がイエス様に言いました「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください。」するとイエス様は言われます。「あなたは今日、わたしと一緒に楽園にいる。」私たちも永遠の王であるイエス様に願いましょう。「わたしを思い出してください。」
(執筆:平岡仁子牧師)
*讃美歌は”こどもさんびか”(日キ版)より
旧版(1987年版)38番「わたしたちのつみのため」、改訂版83番「いばらのかんむりかぶせられ」。
神様からの恵みに感謝して、収穫感謝の野菜スープをみんなでコラージュ(工作)してみましょう。
<用意するもの>・大きな模造紙・画用紙・スーパーの広告など野菜の写真や絵が描かれたもの・はさみ・のり・マジック・えのぐなど
1.模造紙に大きなお鍋を書く。(マジックやえのぐ)
2.スーパーの広告に載っている野菜の写真や絵を、はさみで切る。(折り紙で野菜を作っても良い)
3.模造紙のお鍋の中に、野菜たちを貼る。
4.お鍋のまわりに好きな絵を描いて完成!とっても美味しそう!
・この世の王様と私たちのメシア・永遠の王様が違っていることは何でしょう。