・誰もが罪を犯すことは避けられないからこそ、ゆるしあうことの大切さに目を向けたい。
・「つまづき」は「罪を犯させる」/「罪の原因を作る」という意味。弟子であっても、他者を罪に誘うことを避けられない。それゆえ惜しみなく赦しあうことを教えることによって、つまづきが致命的なものにならないようにとイエスは弟子たちを導く。
・相手が悔い改めることの真実さは重要視されていない。
・信仰がより深くなれば赦せるようになるのではない。赦せない私たちがいるからこそ、十字架のイエス様を通して神様が赦される、という信仰に委ねていくことを求めておられる。
2014年に、ベルギーのルーヴェン・カトリック大学の教授たちが学生に対し、感情がどれだけ持続するかについてのアンケートを取った。それによると、ネガティブな感情のほうが長く持続する傾向にあり、悲しみは120時間、不安は24時間、怒りは2時間程度持続するという研究結果が出たそうだ。( https://ppw.kuleuven.be/okp/_pdf/Verduyn2015WELLA.pdf )
誰かがあなたに一日に七回も赦しを請うとすれば、起きている時間を十四時間としても、二時間に一回はあなたに罪を犯していることになる。上記の研究結果と照らし合わせるなら、私たちは赦さなければ常に怒り続けなければならなくなる。マタイ福音書においては「七の七十倍」とほとんど無制限に赦しを求められるのは、私たちの現実が他者への赦しなしにはすぐさまネガティブな感情に支配されてしまうことを意味している。
友達と喧嘩をして、謝れないまま家に帰っちゃったときって、みんなにはあるかな。なんだか心の中がもやもやして、ごはんもおいしくないし、好きなゲームをしてても楽しくないし、布団の中でも、なかなか眠れなくなっちゃうこと。あんなこと言わなきゃよかったなって反省する気持ちもあるけど、いやいや、あいつだってひどいこと言ったし、と謝りたくない気持ちもあるかもしれない。
オトナはみんなに、喧嘩なんかしちゃだめだよって言うかもしれない。
でも、喧嘩をしないオトナを見たことがある? オトナだって喧嘩をするし、みんな喧嘩をやめられないんだ。きっとイエス様のお弟子さんたちも、そうだったんだと思う。
だから、イエス様はお弟子さんたちに、喧嘩しちゃだめだよ、なんて言わなかった。本当はみんな喧嘩なんてしたくないのに、喧嘩しちゃうことを知っていたからだ。喧嘩しても、お互いに悪いところを赦しあって、仲直りすることが大事だってみんなに教えたんだ。
みんなが本当は友達と喧嘩なんかしたくないことも、明日から友達じゃなくなってしまうかもしれないって考える悲しさも、イエス様は全部わかってる。
そうならないように、今日の御言葉をみんなに覚えていてほしくて、聖書に残してくれたんだと思う。
誰だって、喧嘩しちゃうときもあるよ。でもそのたびにイエス様は、一緒に仲直りしにいこうよって言ってくれる。君とこれからも友達でいたいんだって気持ちを伝えに行こう。きっとイエス様は、その気持ちを伝えるための勇気をくれるお方なんだ。
*讃美歌は”こどもさんびか”(日キ版)より
□57番 「しゅよわたしをあわれみ」
□改訂34番 「キリストの平和」
お友だちに嫌な事しちゃったな。家族に嫌な事言っちゃったなという気持ちでいる時、許してもらえたらどんなに嬉しいかを体感してみよう!
<用意する物>
(紙・えんぴつ・消しゴム・箱)
① 学校で、家で、放課後や学童で、近所の子と遊んでいる時、友だちや家族(お父さんお母さん妹弟兄姉祖父母)などに対して意地悪をしたり、悲しい思いをさせたりした事を紙に書いてごらん。1人1枚でも2枚でも(小学生低学年や幼稚園保育園児はヒントを与えたり、聞き取って代筆したりしてサポートする)書く。
②書いたら箱に入れる。さっきまで軽い箱だったのに今は持てないくらい重い箱になっています。みんなのした嫌なことがぎっしりつまっているから。
③どうしたらこの箱軽くなる?一緒に考える時間を設ける。「許してもらう」→「どうすれば許してもらえる?」→「いけなかったな悪かったなと思う」
④反対に友だちに嫌なことされたら怒りたくなるよね。でも友だちに「ごねんね、もうしないよ」って言われたら許してあげるよね。
⑤みんなの嫌な気持ちで重くなったこの箱、みんなが悪かったなと思えばきっと許してもらえるはずです。そうすると気持ちが明るくなって、心が軽くなるね。そうするとこの箱も軽くなるのです。
⑥すべてを御存じの神様に今日の学びを報告しつつ、友だち同士、家族同士、嫌なことを見たり聞いたりした時にはいけないよと言える勇気を与えてくださいとお祈りしましょう。
①昨日までの1週間で家族やお友達とのやりとりで、とても腹の立ったことを思い出して、書いてみましょう。
②自分がしたことで誰かを怒らせたかも、と思ったことを思い出して書いてみましょう。→発表できる子どもは発表する。イエス様は、そういう時どうしたら良いとおっしゃったでしょうか