待降節の間、ずっと待ち望んできたクリスマスの到来。そのことが、なぜわたしたちにとっての大きな喜びであるのかを確認する時としたい。説教例では、神の独り子であるキリストが降誕されたことの神秘と、そのことが持つ意味とを、ひとつの譬えを用いて表現した。クリスマスが嬉しい、という子どもたちの喜びの気持ちの中で、神と人との喜ばしい関係を確認していくことが意図されている。
この日のために選ばれているテキストは、ヨハネによる福音書の降誕物語である。多分に神学的で抽象的な箇所であるが、クリスマスの意義深さを確認する良いテキストである。ただ、小さな子どもたちは抽象的なお話が苦手であるので、この出来事を子どもたちが具体的なイメージをもって理解していけるように、手助けが必要である。子どもたちに目をつぶってもらって闇と光とをイメージしてもらう、といった説教を構成することも出来る。
「言」は、ギリシャ語の「ロゴス」の翻訳であり、言語、論理、真理、思想、道、語られたもの、など多様な翻訳が可能な単語である。このロゴスをキリスト教、特にヨハネ福音書はキリストを指す言葉として採用した。
みなさん、クリスマスおめでとうございます。クリスマスは、何の日でしょうか・・・。そうです、イエスさまの誕生日ですね。
では、なぜイエスさまの誕生日をクリスマス、というか、知っていますか?クリスマスの「クリス」というのは、キリストのこと。つまりイエスさまのことです。そしてクリスマスの「マス」というのは、礼拝のことです。ですから、クリスマスというのは、イエスさまの誕生日をお祝いする礼拝のことなのです。
イエスさまは、神さまがわたしたちに送って下さった、世界で一番大切なプレゼントでした。ですからわたしたちは、神さま、素敵なプレゼントをありがとうございます、という気持ちで、うれしくクリスマスをお祝いするのです。
さて、みんなのお家では、金魚を飼っている人がいるでしょうか。あるいは、夏にはカブトムシを飼ったりする人がいるかもしれません。その金魚やカブトムシが、とっても困っている。誰かが助けに行かないといけない、という時に、お家の人が、「金魚が困っているから、金魚を助けるために、お前は明日から金魚になりなさい」、とあなたに言ったら、どう思うでしょうか。
金魚になったら、布団で寝ることも、美味しいお家のご飯を食べることも、お友だちと遊ぶことも出来ません。おうちのひととも一緒に暮らすことが出来なくなってしまいますから、大事なこどもが金魚になってしまったら、お家の人たちも、とても悲しいと思います。
でも、神さまは違ったのです。神さまは、わたしたち人間が困っているのを見て、放ってはおかれなかったのです。それで、神さまの大切な、たったひとりの子どもであったイエスさまを、人間の姿にして、わたしたちのところに送って下さったのです。それは、神さまがそのくらいわたしたちを大切に思っていてくださったからです。
イエスさまが、人間となってわたしたちのところに来て下さったおかげで、わたしたちは神さまがどのくらいわたしたちのことを大切に思っていて下さるのか、神さまのことが、とってもよくわかるようになりました。神さまがくださった、イエスさまというプレゼントは、だから世界中で一番のプレゼントなのです。
神さまは、ご自身が一番大切にしていたイエスさまを、わたしたちにクリスマスのプレゼントとして贈って下さいました。そのことにありがとうございます、という思いで、わたしたちも、自分の周りの人たちのことを大切にしていきたいと思います。
* 讃美歌は”こどもさんびか”(日キ版)より
□ 28番 「もろびとこぞりて」
□ 改訂76番 「もろびとこぞりて」
クリスマスおめでとうございます
みんなクリスマスにプレゼント貰ったかな?
今日はもし、みんながイエスさまにプレゼントあげるとしたら、何あげたいかな、って考えてみて下さい。
じゃあ心の中でイエスさまにあげるプレゼントをしっかり持っていてね。
では一番小さい○ちゃんから順番に言って貰います。
「私はイエスさまに◎○○をプレゼントしたいです」って言って下さい。
その次の人は「私はイエスさまに◎○○と△△△をプレゼントしたいです」
と自分の前の人が言った物を最初に言ってから自分のプレゼントを言います。
次の人は1番目の人と2番目の人のプレゼントを言ってから自分のプレゼントを言います。
と小さい順にイエスさまにあげたいと思うプレゼントを言って貰います。
最後は先生がみんなの言ったプレゼントを言ってから自分のプレゼントを言いましょう。
・ 神さまをほめたたえたい時ってどんな時ですか?
・ あけぼのの光を調べてみよう。どんな光でしょうか?
・ 光が必要なのはどんなところ?どんな時?