2013年12月25日 降誕祭(朝)
ヨハネ1:1-14 イザヤ52:7-10 ヘブライ1:1-9

今週の聖句

「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。」
ヨハネによる福音書1:14

ねらい

・ヨハネ1章は、やや難解ではあるが、テキストそのものの私たちの心に訴えてくる力はたいへん強い。わたしたち、弱さを抱えた人間の現実の中に、神の言であるキリストが宿ってくださった。このクリスマスの喜びの本質を、できるだけ子どもたちの現実に即して伝えるようにしたい。

説教作成のヒント

・「言」と訳された言葉は、ロゴスというギリシア語である。これはギリシアでは「言語」という意味の他にこの宇宙を貫く摂理を指し、神そのものとも同一視される。ヨハネは、そのロゴスが人格を持って、私たちの間に宿られたという。神のロゴスであるイエスが、わたしたちと共に生きるために、私たちの間に宿ってくださった。この方のいのちの中に、神の輝きが現れている。これはヨハネ全体を貫くメッセージである。

豆知識

・現存する最古の日本語訳聖書であるギュツラフ訳のヨハネ福音書では、1:1を「ハジマリニカシコイモノゴザル」と訳した。「カシコイ」とは、うまくことばにすることはできないが畏れ多い、人知を超えた偉大なものを示す。私たちの思いを超えた大きな大きな方が、小さな小さな赤ん坊として私たちの間に宿られたこと、そこに神の奇跡がある。

・聖書をギリシア語からケセン語(岩手県ケセン地方の方言)山浦玄嗣氏は「言」を「神の想い」と訳した。言葉は思いを伝えるもの。キリストが世にこられたことは、神の思いの表れなのである。

説教

皆さんは、言葉をどんなときに使いますか。最近、印象に残った言葉はどんなことですか。優しい言葉?人を傷つけてしまった言葉?ほめられた言葉?しかられた言葉?

言葉ひとつで、わたしたちにはいろいろなことが伝わります。言葉ひとつでわたしたちは、喜んだり悲しんだりしますし、相手の人の考えていることがわかったりします。言葉って大切なものですね。

気持ちを伝えたいときに、わたしたちは言葉を使いますけれども、神様も、わたしたちに、特別な「言」をくださいました。今日の聖書で、「初めに言があった・・・」と読まれたのが、それです。ちょっと難しく感じましたか?もっと難しいことを教えてあげましょう。その「言」というのは、実はイエス様のことなんです。

イエス様が「言」???と、不思議に思うかもしれませんね。しかし、そうなのです。神さまがわたしたちにくださった言が、イエス様なんだよ、と今日の聖書はわたしたちに教えてくれているのです。

さっきも言ったように、言葉は気持ちを伝えます。イエス様は、神様の言として、神様の気持ちを伝えるために、私たちのところに来てくださったのです。ゆうべ、クリスマスの夜のお話を聞きましたね。イエス様のお誕生の知らせを、いちばん最初に聞いたのは、寒い中を野原で羊の番をしていた羊飼いさんたちでした。羊飼いさんたちは、言であるイエス様を、拝みました。そして「寒さの中で野宿をしている自分たちのことも、神様は見てくださっているんだ」「神さまは、僕たちのことも救ってくださるんだ」と、イエス様をとおして神様の気持ちを受け取って、うれしい気持ちになりました。

イエス様は、神さまがわたしたちに神様の気持ちを伝えるために送ってくださった、神さまの「言」です。ですからわたしたちは、イエス様を見れば、神様のことがわかるようになっています。イエス様はこれから大きくなって、たくさんの人、特に悲しんでいる人や苦しんでいる人、困っている人たちのところに出かけていって、神さまのメッセージをお話したり、病気を治したり、一緒に楽しくご飯を食べたり、たくさんの活動をなさいます。そしてついには十字架にかかって、そのいのちまで私たちのために全部使ってくださいました。そのイエス様のお姿そのものが、イエス様を贈ってくださった神さまからわたしたちへの「わたしはあなたたちを愛しているよ」「苦しむ人、悲しむ人とわたしはいっしょにいるよ」という、メッセージです。そのイエス様の一生を見ることで、わたしたちは、神さまがわたしたち人間のことをどれほど大切に思ってくださっているか、知ることができるのです。イエス様を送ってくださった神様に感謝して、クリスマスをお祝いします。そしてわたしたちも、神さまがわたしたちにしてくださったように、周りの人を大切にしていくことができたらいいですね。