・神の裁き(助け)の有無を考えるのではなく、イエスさまがどこに立ち、この言葉を語られたのかを考える。
・「神さまの裁き・神さまの助け・神さまの選び」を2者択一で考えることを自制する。例えば、クリスチャンには・・、ノンクリスチャンには・・というようには考えない。
・言葉とは、つねに過剰であるか(言い過ぎるか)不足であるか(言い足りないか)するものです。聖書も言葉で記されている限り、この言葉のルールから外れることはできません。この言葉のルールを知っておくことはとても大切なことです。
今週の聖書の中のイエスさまの言葉、「まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでもほうっておかれることがあろうか」(ルカ福音書18:7)は、反語(話し手が自分の考えを強く言うために、主張と反対の内容を疑問の形で表現すること)です。つまり、この後に隠されている言葉は、「そんなことはない。神さまはきっと、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために、裁きを行ってくださる!」というものでしょう。
まとめると、「神さまは、助けを求める選ばれた人をほうっておかない。神さまは、選ばれた彼らを困難な状況におとしいれた者を裁いてくれる」ということです。
みなさんは、この言葉に、そうだそうだ!とうなずかれるでしょうか?それとも、世界中には困っている(助けを求めている)人がたくさんいるじゃないか。だから、神さまは困っている人を助けてなんかいないし、ましてや、彼らを困難な状況におとしいれた者を裁いたりしない、と思われるでしょうか?
同意されたみなさん(そうだそうだとうなずかれたみなさん)に質問です。「この世界の中で、今この時、助けてと涙を流し訴えながらも、銃で打たれたり、ミサイルが飛んできたりして命を奪われる子どもたちは、選ばれていない人たち、ということでしょうか?」
少し考えてみてください。今、困難な状況にある人たち、助けてほしいと求めている人たちは、神さまに選ばれていない人で、今、雨風しのげる家に住んでいて、突然鉄砲で撃たれることも、ミサイルが飛んでくることもあまり心配しなくていい人たちは、・・みなさんはきっとここにあてはまるでしょう・・、神さまに選ばれている人たちということなのでしょうか?
また、神さまは困って助けを求める人たちを助けてなんかいない、と思われているみなさんに質問です。神さまに祈り求めているにもかかわらず、想像を絶する困難の中にいる人は、世界中にたくさんいます。そんな状況を見聞きしたみなさんは、絶対的な力を奮い一瞬のうちに問題を解決してくれる神さまがいない、そんなとき、どうしますか?神さまなんかいないんだから、しょうがないよね、と助けを求める人から目を背けますか?それとも、絶対的な力を奮い一瞬のうちに問題を解決してくれる神さまはいないけど、なんとか助けたい、と自分にできることをさがそうとしますか?
もう少し具体的に考えてみましょう。東日本大地震の後に福島の原子力発電所が爆発したことはみなさん知っていますよね。この原子力発電所のある(あった)大熊町、双葉町に住んでいた人たちは、これから何十年も、もしかすると100年200年も自分たちの家に帰り、そこに住むことはできません。一方で、2020年のオリンピックが東京で開催することが決まりました。そのとき、私たちの国の総理大臣は、東京は自分の(国の)責任で絶対の安全を守ります、と言いました。大熊町、双葉町に住んでいた人たちは「選ばれなかった人」で、東京に住んでいる人たちが「選ばれた人たち」なのでしょうか。きっと、人の目から見ると、・・安倍総理大臣的には・・、そうなのかもしれません。
しかし、今日の聖書の中のイエスさまの言葉は、大熊町、双葉町の人たちのもとで叫ばれたものです。人の目からすると選ばれていないように思える人たちのもとで、イエスさまは叫ばれたのです。「まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでもほうっておかれることがあろうか。(いやきっと神はあなたたちを助けられるにちがいない)」と。イエスさまは、簡単に問題が解決せず、どうしたらいいのか分からないと助けを求める人たちのもとに行かれ、そこで、彼らの不安と悲しみととまどいに寄り添われたのです。そして叫ばれたのです。聖書は、そのようなイエスさまの行動と言葉(叫び)が神の子として働きである、と記しているのです。もし今、みなさんの中の誰かが、困難な状況の中にいるならば、・・困難な状況とは、簡単に解決しない問題を抱えているということです・・、目をつぶり、今日のイエスさまの言葉に(叫びに)耳を澄ましてみてください。「まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでもほうっておかれることがあろうか。(いやきっと神はあなたを助けられるにちがいない)」。
イエスさまは、困難な状況の中にいるあなたのもとで、そう叫ばれているのです。一緒に涙を流しながら・・・。
*讃美歌は”こどもさんびか”(日キ版)より
□10番 「ことりたちは」
□改訂10番 「ことりたちは」
<用意する物> ホワイトボード又は紙に今日の聖句を書いておく マーカー又はペン
①今日の聖書の言葉ちょっと難しいね。反対言葉にするとどんな意味になるかを初めに考えたいと思います。
②ボードや紙を使って反対の言葉に書き換える作業を子ども達と一緒におこなっていく。
③昼も夜も叫びもとめていない選ばれないひとたちのために裁きを行い、彼らをいつまでもほうっておく。え~?余計にわからなくなった・・・?。なんだか神さまってひどいお方のような意味になったね。反対言葉だから神さまってひどいお方じゃないってこと。
④みんなも知っている通り神さまはわたし達の見方だよね。神さまは諦めず、信じて祈っている人を知らんぷりしないよってことをいっているんだ。
⑤今から反対言葉を使って会話して遊んじゃおう!
ex:「今日ぼくね、教会に行かずに牧師先生に褒められなかったんだ」「それはかなしいね」「今から何する?」「教会で遊ばない」・・・など、なんでも反対言葉にしてみよう!
やもめの人は大変なことに巻き込まれ、裁判官に助けを求めました。皆さんは誰かに助けてほしいと思うことがありますか。そういう時は、どのようにして解決しますか。