2013年9月29日 聖霊降臨後第19主日
ルカ16:19-31 アモス6:1-7 Ⅰテモテ6:2C-19

今週の聖句

「やがて、この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。」
ルカによる福音書16:22

ねらい

・山上の垂訓、ルカは平地の垂訓と呼ばれる一節を思いだそう。マタイ福音書では、「心の貧しい人々は幸いである」とあるのに対して「貧しい人は幸いである」とあるとし、端的に「貧しい」ことが祝福されることであると言っている。(マタイの場合は共同訳聖書の訳、「神により頼む者は幸いである」というように、精神化している。)さらに、マタイにない「しかし、富んでいるあなたがたは、不幸である、あなたがたはもう慰めを受けている」と富に対する厳しい言葉がある。

・ルカの特徴を考えてみよう。ルカは預言者の伝統である「苦しんでいた人々は再び主にあって喜び祝い、貧しい人々はイスラエルの聖なるお方ゆえに喜び踊る。」(イザヤ29:19)という「貧しき者への福音」という預言を引き継ぎ、強調しているのが特徴である。

・「貧しき者への福音」という中での「金持ちとラザロの物語」が語られているのである。

説教作成のヒント

・平地の垂訓「貧しい人は幸いである、神の国(マタイでは天の国)はあなたがたのものである」とあるように、ラザロはみ言葉の証言と語られ、「しかし、富んでいるあなたがたは、不幸である、あなたがたはもう慰めを受けている」とあるように金持ちは語られている。現代は世界が富むことを幸いとする時代の大きな流れにあるとき、富むことにはたして幸いであるのかを問い、ではどう生きるのかということを語ることである。そのヒントは「アブラハム言った『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら』・・・」とあるように「モーセと預言者」つまり聖書の言葉に耳を傾けることである。

説教

お金持ちは良いよねと先生も思っている。でも、イエスさまは、「お金持ちと貧しいラザロの物語」の中で、天の国では、貧しいラザロの方が祝福されると言っているんだね僕たちは今、生きているこの世界だけが世界だと思っているが、イエスさまと生きるということは、この世界だけでなく、天の世界があって、天の世界を目指して今を生きているんだね。どんなにお金持ちになっても、お金では天の国に入ることは難しんだ。イエスさまは、お金持ちが天国に入るには、らくだが針の穴を通るように難しいとも言っているのだね。

じゃあ、どうすればいいのだろうかね。「モーセと預言者」つまり聖書の言葉に耳を傾けなさいという言葉が今日の話しの結びだ。そうなんだよ。なによりも良い者は、神さまの言葉なのだ。神さまの言葉をたくさん持つことが、豊かだということなのだよ。このことを忘れずにこれからも神さまの言葉に耳をすまして、一緒に聞いていこうね。

分級への展開

さんびしよう

*讃美歌は”こどもさんびか”(日キ版)より

□49番 「しゅイエスのひつじ」

□47番(改訂版) 「小さい子どもの」

やってみよう

☆間違い探し

下の絵の①と②の違っている箇所を探しましょう。5つあります。

話してみよう

イエス様は私たちを天国に招いてくださっていますが、このお金持ちと私たちの違いはなんでしょうか。