・イエス・キリスト、わたしたちの救い主がわたしたちの間に来てくださったこと、そして、光として、いのちとして来てくださったことを覚えたい。
・言が事柄を成し遂げる力があることを覚えたい。
・降誕祭がただのイエス様の誕生日をお祝いする時ではなく、今もわたしたちの間に、また特に困難な中、小さくされている方の中にお生まれになっている。闇が光を理解しないことがあっても、闇がどんなに深くても光が照らしてくださる。
・「言」(ことば)、「光」、「命」はイエス・キリストと置き換えて読むことができる。
・神と共にあるものがわたしたち人間と共にある恵みがここにある。
・「光」と「いのち」はヨハネが見た「メシア・イエス」のキーワード。聖書の他の箇所と比べても、はるかに多く「光といのち」が出てくる。ここで言う「光」の原語は「フォス」で、天からの一条の光とか、暗い心を照らす光という意味がある。
・「言」(ことば)はギリシャ語で「ロゴス」であり、神の言はダイナミックな力があり、生きており、事柄を実現させる。ヨハネはこの言葉を用いて、世界に先立って永遠から神と共にあり、創造のわざに参与された方として、イエス・キリストを指し示した。
・「いのち」には限りある命と滅びから救い出されたいのちとがある。イエス・キリストが来られたのは闇からの解放、わたしたちと神さまの間に和解をもたらせてくださるためであった。その面から見ても困難な中にある方のところに主は来てくださるのである。
「行方不明のイエス様」というお話があります。ある年のクリスマス、一つの家族が人形のキリスト聖誕セットを買いました。人形の包みを開けていくと中からヨセフ、マリア、羊飼い、三人の博士、天使が現れました。ところが、なんと赤ちゃんのイエス様の包みが二つ出てきたのです。母親はびっくりして言いました。「包む時、間違えたのかしら。もしそうならお店にはイエス様の入っていないセットがあるかもしれないわ」と。そして、二人の兄弟に、お店まで行ってうちにイエス様の人形がふたつあると知らせて、「もしあなたのイエス様が行方不明なら、この番号に電話してください」と張り紙をしてもらってと頼みました。それから一週間、家族は電話を待ちました。イエス様の聖誕の主役である人形が足りなくて困っている人がいるに違いないと思ったからです。しかし、電話はかかってきませんでした。父親は単なるミスだから忘れようと言いましたが、母親はきっと電話があるからとイエス様の人形を飼い葉桶の中に入れて置きましょうと言いました。クリスマスイブの夕方になっても電話はありませんでした。そこで母親はお店まで行ってまだ店先に売れ残っているセットがあるか確認してくるように父親に頼みました。外は暗く、とても寒かったので父親は「信じられない」と良いながら、兄弟たちと一緒に出かけました。お店に着き、兄弟が窓を覗くと全部の聖誕セットがなくなっていました。これで謎が解けるとはしゃぐ子どもたちを後目に父親はさっさと帰ってしまいます。ところが家に着くと母親とイエス様の人形がなくなっていました。「誰かから電話があったのだろう」とストーブに当たりながら父親はめんどくさそうに言いながら座っていました。その時、電話がなりました。母親からの電話で、すぐに毛布とクッキーとミルクと工具を持って町外れの家に来るように言うのです。「一体なんなんだ。そんな遠くまで。クリスマスの準備もできやしない」と父親はつぶきながらまた防寒具を着て、出かけました。ようやく着いた家は薄明かりの中にありました。家の中には若い母親と五人の子どもが寒さの中で震えていました。ご主人が家を出ていってしまい、掃除の仕事をしながらなんとか生活をしてきたけれども、ストーブは壊れ、食べるものも毛布もなく、途方にくれていて、どうにもならない時にあの張り紙を見たのです。「もしあなたがイエス様を見失っているのなら、七一二三番に電話してください」と。「MissingJesus」という言葉は行方不明とも見失っているとも意味があるのです。夜遅くまでかかりましたが、ストーブの修理が終わり、子どもたちはクッキーとミルクを食べ、毛布にくるまれてスヤスヤと眠っていました。父親はもはや何の文句も言わず、もう一度家から使わなくなった衣服やおもちゃを贈り物として持ってきました。テーブルの上にはイエス様の人形が眠っていました。
クリスマスはわたしたちの救い主イエス様がお生まれになったことを覚える時です。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。」とヨハネは言いますが、成し遂げてくださる方がわたしたちの所にきてくださったのです。成し遂げることは一言では言えません。一人一人に違った形でイエス様は現れてくださり、必要なものをそなえてくださいます。わたしたちに生きる希望を与えてくださいます。その方をお送りくださった神さまに感謝し、また幼子イエス様を、喜びをもってお迎えしましょうイエス様は一番小さくされた人のところに来てくださる愛のお方です。
*讃美歌は”こどもさんびか”(日キ版)より
□23番 「そらにひびくかねが」
□改訂版75番 「聞け天使の歌」
□行動で言葉を実現してみよう!簡単な言葉から聖書の言葉などを使ってジェスチャーゲームをしてみる。後で、難しかったか?伝わった時どう思ったか?など、振り返る。
□聖書の言葉が今の世界で実現するって、どうなることだろう?イエス誕生の預言の言葉をあげて考えてみよう。